【近況報告】モナッシュオーストラリアの交換留学を終えてマレーシアに帰ってきた話とか、色々

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オーストラリアでの交換留学を終えて、マレーシアに帰ってきました。

留学生活最後のハイライトから、帰国後の3年生スタート、気づけば900記事に近づいていた話、少しペースを落とすことにした話、そしてカンボジア旅行のことまで、今回はまとめて近況報告として書いていきます。

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目次

オーストラリア留学、最後のハイライト

一人の時間も、それはそれで楽しかった

オーストラリアでは、新しい友達をたくさん作るというよりは、自分のペースで街を探索したり勉強したりすることが多かったです。サンウェイと違ってクレイトンは街が広いので、「ご飯行こう」と誘っても住んでいる場所が離れていたり、お店に行くだけでもひと苦労だったりしました。

とはいえそれはそれで、一人で気ままに過ごす時間も楽しめたので、特に寂しいと感じることはなかったです。街を散歩しながら探索したりとかをよくしていました。

南インド出身のルームメイトと、就職市場のリアル

そんな中で一番仲良くなったのが、同じ家にいた南インド出身の友人2人でした。

イギリスの大学院を卒業してから、ワーキングホリデービザでオーストラリアに来て仕事を探している最中とのことで、大学院を出てから数か月経ってもなかなか仕事が見つからないと話していました。
最近の景気もあって、オーストラリアでエンジニアの仕事を探すのはなかなか大変なんだなと実感しました。

それでも彼らは本当にいい人たちで、日本にもすごく興味を持ってくれていました。最後の方は一緒に朝まで飲み歩いたりして、すごく楽しい思い出になりました。

カジノで300ドル勝った話

あと、カジノでも面白い出来事がありました。

最後の大勝負だと思って、300ドルを持ってルーレットへ行き、インスタのストーリーで友達に「赤と黒どっちがいいと思う?」と投票を募って、赤に一点賭け。そうしたら本当に300ドル勝ちました笑。

ちなみにテスト週間の少し前には気が狂ってバカラに150ドル一点賭けして負けているので、トータルで見るとそこまで勝っているわけではないのですが、それでも300ドル返ってきたのは単純に面白かったし、テンションが上がりました。

マレーシアに帰ってきました

3年生スタートと、円安の現実

7月上旬に、オーストラリアからマレーシアに帰ってきました。引っ越しをして新しい家も見つかり、家具も一通り揃えたので、生活はだんだん落ち着いてきたところです。

7月から3年生がスタートしました。あと1年で卒業かと思うと少し寂しい気持ちもある一方、正直今の生活はなかなか大変で、円安の影響もあって早く卒業したい気持ちもあります。交換留学中は滞在費も(これは娯楽なので当たり前に)旅行費も基本的に全部自分で払っていたので、お金の面でもかなり大変でした。

オーストラリア交換留学を振り返って一番良かったのは、英語力そのものより、外から見ることでマレーシアや日本の良さを第三者視点で見られるようになったことです。詳しくは以前書いたこちらの記事で触れています。

今学期の履修科目

今学期は以下の4科目を履修していて、なかなか忙しいです。

  • FIT3163(データサイエンスプロジェクト1)
  • FIT3179(データ可視化)
  • FIT3181(深層学習)
  • FIT3003(ビジネスインテリジェンスとデータウェアハウジング)

運動部にも2つほど入ったのですが、あまり行けていません(緩いサークルなので気にしていません笑)。個人的にはバンドも始めて、キーボードを担当しています。バンドの練習と就活も重なってきて、結構大変な日々です。

サーティワンでアイスを22個食べてみた

あとどうでもいい話ですが、マレーシアに帰ってきてすぐ、サーティワンアイスクリームで31リンギット食べ放題のキャンペーンをやっていたので、22歳にちなんで22個のアイスを食べてきました。

周りの人からは白い目で見られていた気がしますが、まあマレーシアなのでいいでしょう笑。

お腹がいっぱいというより、エアコンの寒さと甘さで味覚がバグってくるのとの戦いでした。チョコ系の濃いアイスと柑橘系のさっぱりしたアイスを交互に食べる作戦でなんとか乗り切りました。
25個くらいはいけそうな気もしましたが、流石にそこまでは食べなくていいかとやめておきました。

気づけばブログももう900記事

このブログとnoteを合わせて、書いた記事数がもうすぐ900本になりそうです(ブログで800本近く、noteで100本以上)。

自分のノートの継続記録を調べてみたら36か月だったので、今日でちょうど3年間、毎月欠かさず更新してきたことになります。改めて考えると、この継続力は我ながらすごいなと思います。

卒業する時までいくつか記事を書いていたりすれば、他の人に寄稿した記事とかを含めれば1000本くらい記事を書いたことになるんじゃないでしょうか?

正直、最近は書くネタが尽きてきていて、自己満足の日記みたいな記事が増えています。もし「これ書いてほしい」というネタがあれば、ぜひ教えてください。

少しペースを落とすことにしました

最近は色々頑張りすぎていた自覚があるので、少し身の回りを整理しました。

個人的にやっていたインターンやプロジェクト、Kopi Chatや一般社団法人52Hzについても、それぞれキリのいいところまで責任を持ってやってから、そこから離れる形にしています。
疲れすぎてしまったので、やっぱりバランスって大事だなと改めて思いました。しばらくのんびり過ごそうと思っています。

卒業要件のインターンについては、海外で働く経験も一つの実績になると思い、日本企業もいくつか検討・応募していたのですが、結局マレーシアで行うことに決めました。インターンについては友人に話を聞いて記事を書いたこともあるので、興味がある人はこちらもどうぞ。

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カンボジアに行ってきました

プノンペンに行ってみた

7月17日から20日まで、パートナーとカンボジア(プノンペン)へ行ってきました。オーストラリアや日本に帰っている間は遠距離だったので、マレーシアに戻ってきてから一緒に旅行できたのは嬉しかったです。

王宮(Royal Palace)やワット・プノン(Wat Phnom Daun Penh)を見て回ったり、ナイトマーケットに行ったりしました。最後の夜はBassac Laneのバーで飲んで楽しかったです。実銃の射撃も体験しました(ベトナム以来です)。

ビザ更新でパスポートを提出する前にどこか海外に行っておきたかったのと、以前からポル・ポト政権についてYouTubeなどで予習していて、現地で学びたい気持ちがあったので今回の旅行先に選びました。あと、昔シェムリアップに行った時に感じた、カンボジア特有の熱気がなんか懐かしかったのもあります。

キリングフィールドとトゥールスレン、実際に行ってみて

キリングフィールド(Choeung Ek Genocidal Center)とトゥールスレン虐殺博物館(Tuol Sleng Genocide Museum)にも足を運びました。

ポル・ポト政権によるカンボジア大虐殺が行われたのは1975年から1979年で、今からたった約50年前のことです。もっと大昔の出来事だと思っていたのですが、調べてみると自分の親世代がリアルタイムで経験していてもおかしくない時期だと分かり、改めてゾッとしました。

キリングフィールドでは、実際に発掘された頭蓋骨や衣服が展示されていたり、処刑に使われた木があったりと、痛ましい光景が広がっていました。
ただ個人的には、その後に訪れたトゥールスレン(もともと学校の校舎で、政権下では尋問・拷問施設として使われていた場所)の方が、実際に使われていたベッドや拷問器具、独房が生々しく残っていて、より残酷さを感じました。

以前からYouTubeなどの映像でこの歴史については予習していたのですが、実際に現地でこの目で見たことで、記憶としてより強烈に残ったと思います。行ってみて良かったなと思います。

※キリングフィールド・トゥールスレンの写真を載せています。気分が悪くなる可能性があるので、苦手な方はスクロールにご注意ください。

キリングフィールドの写真

トゥールスレン虐殺博物館の写真

まとめ

そろそろマレーシアでの生活もようやく落ち着いてきました。残り1年の大学生活と就活、色々ありますが、悔いのないように最後まで頑張り抜こうと思います。

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